校正雑学 - 不確かさ評価の実際 (1) |
** 放射妨害波測定 ** |
|
ここでは実際の例を取り上げて、不確かさ評価のポイントや注意点を解説します。貴社の業務にご活用頂ければ幸いです。不確かさ評価のベーシックなことを説明しますと、かなり長文になってしまいますので、基本的なことは理解されているという前提で話を進めます。なお、不確かさに関する基礎的な理解の為の文献は、下記の弊社ウェブ上でもご案内していますので、必要な方はご参照下さい。
http://www.ips-emc.co.jp/ipsstd/members/standards/stds_uncertainty.html
■エミッション測定の不確かさ
30MHz〜300MHzのエミッション測定を始めるにあたり、その測定の不確かさを考えてみることにします。実際の製品評価では1回の測定でもって報告値とするという前提で話を進めます。まず、不確かさに寄与(影響)するであろう要因を考えます。実際には様々な要因が考えられますが、ここでは便宜上、下記の5つの要因について取り上げることにします。
・EMIレシーバ
・アンテナ係数
・サイトアッテネーション特性
・レシーバとアンテナ間のインピーダンスの不整合
・測定システムの繰り返し性と再現性
1) EMIレシーバ
背景
認定機関に認定された校正ラボでEMIレシーバの校正を実施した。その校正成績書上には次のような情報が記載されていた。
|
項目 |
拡張不確かさ(k=2) |
正弦波電圧応答の校正の不確かさ |
±0.3dB |
パルス振幅応答の校正の不確かさ |
±1.1dB |
パルス繰り返し応答の校正の不確かさ |
±0.4dB |
|
また、CISPR 16-1-1には、準尖頭値型受信機に関する仕様が次のように規定されていた。当該レシーバの製造者の仕様書を確認したところ、これらに関する具体的な許容範囲は示されておらず、「CISPR
16に適合」とのみ記載されていた。
|
項目 |
拡張不確かさ(k=2) |
正弦波電圧の測定精度 |
±2.0dBより良いこと |
パルス振幅応答の測定精度 |
正弦波電圧レベルに対して±1.5dBが許容される |
パルス繰り返し応答の測定精度 |
表3に記載(繰り返し率により±1〜2dBの範囲内) |
|
考察
エミッション測定では測定するノイズの周波数が限定できないことから、レシーバの校正で得られた限られた周波数での校正値を、実際の測定時に適用することは困難である。よって、これらの要因の不確かさは製品の仕様限界を基に与えるべきであろう。校正によりレシーバはCISPRの許容範囲内であることを確認しているので、CISPRの許容値を適用することが妥当であると考える。与える値は仕様の限界から引用するので、タイプB評価、一様分布、故に標準不確かさ算出の為の除数は√3となる。
・正弦波電圧応答の標準不確かさ Usin = Value/√3 = 2/1.7321 = 1.155 dB
・パルス振幅応答の標準不確かさ Upam = Value/√3 = 1.5/1.7321 = 0.866
dB
・パルス繰り返し率応答の標準不確かさ Uprr = Value/√3 = 2/1.7321 = 1.155
dB
2) アンテナ係数
背景
認定機関に認定された校正ラボにてバイコニカルアンテナの校正を実施した。その校正成績書上には次のような情報が記載されていた。
|
項目 |
拡張不確かさ(k=2) |
アンテナ係数 |
±0.8dB |
|
実際の運用では、校正成績書上の校正値を使って直線補間した値をアンテナ係数の値として適用する予定である。
考察
実際の測定では校正されたアンテナ係数の値(校正値)を適用する為、校正値の持つ不確かさを考えれば良い。また、直線補間を行うので、その不確かさも考慮すべきであるが、ここでは割愛する。校正成績書上ではk=2の拡張不確かさの値が報告されているので、除数=2を使って標準不確かさに戻せば良い。タイプB評価、正規分布、故に除数は2となる。
・アンテナ係数の標準不確かさ Uaf = Value/k = 0.8/2 = 0.4 dB
3) サイトアッテネーション特性
背景
使用する測定場のサイトアッテネーション特性を評価した結果、CISPR 16-1-4で規定されている許容範囲内(±4dB)であることを確認した。
考察
理論値との差を実際の測定において補正することは技術的に困難である。よって、CISPRの許容限界を引用することとした。タイプB評価、三角分布、故に除数は√6となる。
・サイトの不完全さの標準不確かさ Unsa = Value/√6 = 4.0/2.4495 = 1.633
dB
4) レシーバとアンテナ間のインピーダンスの不整合
背景
実際の測定では、アンテナ〜レシーバ間のインピーダンス不整合を軽減する為、アンテナの同軸端に3dBの固定減衰器(パッド)を挿入して使用することとした。アンテナ、パッド、レシーバのそれぞれの反射係数(VSWR)は製造者の仕様から次の通りであった。
|
機器 |
記号 |
反射係数の最悪値 |
アンテナ |
Γant |
0.50 (VSWR=3.0) |
固定減衰器(パッド) |
Γpad |
0.09 (VSWR=1.2) |
レシーバ |
Γrcv |
0.20 (VSWR=1.5) |
|
考察
下記の3つの要因について考える必要がある。但し、同軸線の不整合は便宜上割愛する。
・アンテナ〜パッド間の不整合 Γantpad
・パッド〜レシーバ間の不整合 Γpadrcv
・アンテナ〜レシーバ間の不整合 Γantrcv
下記の不整合の計算式(式1)から、これらの標準不確かさおよび合成した標準不確かさを計算したところ、以下の結果が得られた。タイプB評価、U字分布、故に除数は√2となる。
不整合の限度 Umismatch (%) = |Γgen| x |Γload| x |S21| x |S12| x 100 ---(式1)
3dBパッドの電圧透過係数 S21, S12 = 10-(3/20) ≒ 0.708
・アンテナ〜パッド間の不整合の標準不確かさ
Uantpad = (0.50x0.09x100)/√2 = 3.18 %
・パッド〜レシーバ間の不整合の標準不確かさ
Upadrcv = (0.009x0.2x100)/√2 = 1.27 %
・アンテナ〜レシーバ間の不整合の標準不確かさ
Uantrcv = (0.50x0.2x0.708x0.708x100)/√2 = 3.55 %
・全体の不整合の標準不確かさ
Umis = √(3.182 + 1.272 + 3.552) = 4.93% ≒ 0.43dB
5) 測定システムの繰り返し性と再現性
背景
評価する製品の代わりに安定した信号源を用いて、エミッション測定システム全体の繰り返し性と再現性を評価した。繰り返し測定の結果は次の通りであった。
|
周波数
(MHz) |
1日目
(dBuV) |
2日目
(dBuV) |
3日目
(dBuV) |
4日目
(dBuV) |
5日目
(dBuV) |
100 |
50.6 |
50.9 |
51.3 |
50.1 |
50.6 |
" |
50.3 |
50.2 |
50.9 |
50.6 |
51.3 |
" |
50.6 |
51.1 |
50.4 |
50.9 |
51.6 |
" |
50.4 |
50.9 |
50.9 |
51.1 |
51.2 |
" |
50.9 |
51.5 |
50.6 |
50.5 |
50.9 |
|
考察
上記のように測定を組(日単位)として繰り返した場合、その統計処理には2通りの方法がある。一つは各組(日毎)は無視し、すべてのデータを一つの集団として処理する方法である。もう一つは各組(日毎)の平均値を求め、組の平均値を用いて処理する方法である。前者は主に各組間のデータのばらつきが小さい場合や測定に連続性がある場合に適用し、後者はばらつきが大きい場合やデータの連続性が無い(空白期間が長い)場合などに適用できる。この両者の方法で統計処理した場合、次のような結果となる。
|
周波数
(MHz) |
1日目
(dBuV) |
2日目
(dBuV) |
3日目
(dBuV) |
4日目
(dBuV) |
5日目
(dBuV) |
1日の平均 |
50.56 |
50.92 |
50.82 |
50.64 |
51.12 |
|
25ヶのデータを一つの集団として処理した場合
平均値 X = 50.812 (n=25)
実験標準偏差 s = √(Σ(Xi-X)2)/(n-1) = 0.395 dB
実験標準不確かさ = 標準偏差
1日毎の平均値を使用して処理した場合
平均値 X = 50.812 (n=5)
実験標準偏差 s = √(Σ(Xi-X)2)/(n-1) = 0.223 dB
実験標準不確かさ = 標準偏差注1)
ここでは1日毎の平均値を使って処理した結果(=0.223dB)を適用する。タイプA評価、正規分布、故に除数は1となる。
測定システムの繰り返し性と再現性の実験標準不確かさ Urep = 0.223 dB
注1)実験標準不確かさ=標準偏差 ÷ √n と計算するケースが散見されるが、これは実際の測定においてもn回の測定を行うということが前提であり、EMC測定の場合、大半のケースが1回の測定で結果の判定を行う為、標準偏差を√nで除算するのは誤りであり、実験標準不確かさ
= 標準偏差として処理する必要がある。
■合成標準不確かさおよび拡張不確かさの計算
以上の結果を基に、不確かさバジェット表を作成し、合成標準不確かさおよび拡張不確かさを求めた。
|
Component |
Unit |
Type |
Dist. |
U or a |
Div. |
vi |
ui |
ci |
uici |
(uici)2 |
(uici)4/vi |
正弦波応答Usin |
dB |
B |
Rect |
2 |
1.732 |
1E+10 |
1.155 |
1 |
1.15 |
1.333 |
1.3E-10 |
パルス振幅応答Upam |
dB |
B |
Rect |
1.5 |
1.732 |
1E+10 |
0.866 |
1 |
0.87 |
0.750 |
7.5E-11 |
パルス繰り返し応答Uprr |
dB |
B |
Rect |
2 |
1.732 |
1E+10 |
1.155 |
1 |
1.15 |
1.333 |
1.3E-10 |
アンテナ係数Uaf |
dB |
B |
Norm |
0.8 |
2 |
1E+10 |
0.400 |
1 |
0.40 |
0.160 |
1.6E-11 |
サイトの不完全さUnsa |
dB |
B |
Trian |
4 |
2.45 |
1E+10 |
1.633 |
1 |
1.63 |
2.667 |
2.7E-10 |
不整合Umis |
dB |
B |
Norm |
0.43 |
1 |
1E+10 |
0.430 |
1 |
0.43 |
0.185 |
1.8E-11 |
繰り返し性Urep |
dB |
A |
Norm |
0.22 |
1 |
4 |
0.220 |
1 |
0.22 |
0.048 |
1.2E-02 |
|
|
|
|
計 |
6.477 |
|
|
|
|
|
合成標準不確かさ Uc |
2.545 |
|
|
|
|
|
有効自由度 veff |
3466 |
|
|
|
|
|
包含係数 k=2 (95%) |
2 |
|
|
|
|
|
拡張不確かさU=kUc (95%) |
5.1dB |
|
|
|
Type=不確かさ評価のタイプ、Dist=分布の形状、U or a=拡張不確かさあるいは最大限界の半幅
Div=除数、vi=自由度、ci=感度係数 |
ここで、約95%の信頼の水準を持つ区間の包含係数としてk=2を用いる場合、有効自由度veffは十分大きいことが前提で、少なくとも10以上であるべきであろうことに注意されたい。(上記の例では、veff=3466であるので、問題は無い。)
結論として、試験報告書中で、「エミッション測定の不確かさは±5.1dBであり、この値は約95%の信頼水準を与える包含係数k=2を掛けた標準不確かさに基づいている」と表明すれば良い。 |
|
|